大川端だより(267)


ずいぶん前に「市民プロデューサー通信」に書いた原稿ですが、パソコンのあっちこっちをいじっていたら出てきたので再掲します。


■「ビートルズの市民性」  


この年まで生きてきた中で、いちばん数多く聴いたアルバムは、やっぱりビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だろう。若い時に最初にあのアルバムを聴いたときの衝撃は未だに忘れられない。エレクトリックな多重録音が、それまでに聴いていたどの音楽とも違い、ものすごくに新鮮に感じられた。また、他のレコードアルバムのように、一曲ずつが独立したものではなく、トータルなテーマ性を持ったコンセプトアルバムという考え方も「スゴイ!」と思った。


プロデューサーのジョージ・マーティンが、「私にとって、これは最高に創造(想像)的で、この時代のトレンドを決めたレコードだった」と書いているが、今、あらためてCDで聴いてみると、曲やエレクトリックな仕掛けも良いが、やはりリリック(歌詞)が素晴らしい。


「ダイヤモンドで飾られて空に浮かんでいるルーシー」というような、明らかにLSD体験をもとに作られている歌と、「検針係の可愛いリタ」や「64歳になった時」のことを唄っている、イギリスのごくありふれた市民の日常生活の1コマを切り取ったリリックとがバランスよく配されている。また、ところどころに人々を勇気づけるようなフレーズが挟まれている。


「I get by with a little help from my friends.」とか、「It's getting better all the time.」などのフレーズにどれだけ励まされたことか。ジョージ・ハリソンの「ウィズイン・ユウ・ウィズアウト・ユウ」の中の、Try to realise it's all within yourself no-one else can make you change.(全ては君自身の中にあるのであって、だれも君を変えることはできない)などのフレーズにはかなり深い思想性さえ感じる。


二十歳代に2年間、ロンドンにいてカレッジに通っていたが、英会話の授業で、このアルバムの中の「SHE'S LEAVING HOME(彼女の家出)」が教材として使われた。イギリスの普通の家庭で育った娘が、水曜日の早朝に家出する、という話なのだが、この詞が本当にやさしい日常英語で書かれていて、なおかつドラマチックなのである。この時の授業で印象に残っているのは、先生のリチャードが、彼女が階下へ降りていく時にハンカチを握り締めている「clutcing handkerchief」というclutchingが非常に感じが出ているとか、father snores(父親は鼾をかいて寝ている)がいかにもそれらしい、と言っていたことだ。


また、厳しい両親のもとで長年孤独に過ごした娘が家を出て会いに行く相手が「a man from motor trade」(カー・ディーラーの男)だというのも、この歌詞のポイントだ(とリチャードは言っていた)。「いかにも」という感じなのだろう。言葉巧みにクルマを売り付けるような商売に従事するスーツ姿の男に言い寄られて家を出て、「She is having fun.」彼女はいま楽しんでいるのだ。最後のところで、「Fun is one thing that money ca't buy.(楽しみはお金では買えないもの」というフレーズがあるのは、前のところに母親の嘆き節的な「We gave her everything money could buy.」というフレーズがあるからだ。


「LOVELY RITA」や「WHEN I'M SIXTY-FOUR」にしても、本当にイギリスの市民生活を活写している優れたリリックだと思う。また「A DAY IN THE LIFE」の幻想性と現実性がない交ぜになっているような歌詞も美しい。ビートルズのリリックに、人々の日常生活に根ざした市民性のようなものを感じる。そこが、凡百のイマドキの、恋愛や個人的感覚を前面に押し出した歌詞との違いだろう。