大川端だより(407)


本日発行した「市民プロデューサー通信」第166号に下記の記事を書きました。


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┃┃■ 黒ビールでも飲みながら……(143)
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「システムとアソシエーション」


▼市民プロデューサー養成講座などで、ぼくは、第一セクター(国家・行政)
と第二セクター(私企業・ビジネス)はシステム(組織・体制・制度)として
機能しているが、第三セクターNPO・市民活動)はまだシステムになって
いないので、これからシステム化していく必要がある、という意味のことを言
ったり書いたりしてきた。しかし最近、ちょっと考え方が変わってきた。


▼システムの典型は、官僚機構であり、ビジネス組織である。これらのシステ
ムが最近うまく機能していない、というのは多くの人が感じていることではな
いだろうか。特に日本の場合、最近の政権交代で見えてきたことも多い。


▼計画されてから数十年も経つのに未だに完成しないダムの数々、生活保護
受ける資格があるのに、実際に受けている人の比率(補足率)が20%前後と
諸外国に比べて極端に低い日本社会。貧困や失業が原因の中高年者の自殺の多
さ。そして、利益を上げているのに従業員への分配率の低い日本の大企業。


▼これらのことは、国の福祉政策が行き届いていないとか、CSR(企業の社
会的責任)が不十分だというような生温い批判で済ませるような問題ではない。
厳しい言い方をすれば、当然ぼくらがもっているはずの、憲法25条で保障さ
れた個人の生存権が第一と第二のセクターによって蹂躙されている、というこ
とである。つまり、システムが完全に機能不全を起こし人間に害をなしている。


▼なぜ、こういうことになるのだろうか。それは、システムが肥大化、硬直化
することによって、一人ひとりの人間をきちんと見て個々に対応するのではな
く、数字や効率化の問題として人間や人間の課題を見、目的合理的に対応する
ようになるからだろう。


▼そういう意味では、システムは再びアソシエーション化されなければならな
い。では、アソシエーションとは何なのだろう。辞書的には、ふつう「結社」
「協会」「連合」などの語義が与えられていることが多い。つまり、俳句結社
の「ホトトギス」も「大阪ボランティア協会」も「ベトナムに平和を!市民連
合」もアソシエーションである。


▼アソシエーションとは畢竟、「ある目的やミッションのために、自由で平等
な個人が集まり、対話と討論というコミュニケーション手段によって、民主的
に運営される団体」のことである。アソシエーションにおいては、目的合理性・
効率性よりも、各メンバーの納得性・対話的合理性が重視される。だから、シ
ステムのように個人をないがしろにすることは少ないが、官僚や企業人の目か
らは非効率であるように見えることも多い。


▼しかし、システムの効率性は、例えば夏、部屋が暑いので仕事の能率を高め
るためにガンガン冷房をかけるのに似ている。今している仕事のことだけ考え
れば、冷房を切るのは非効率的であるが、地球全体の環境や経済の持続可能性
という観点からすれば、短絡的な効率性はむしろ害になる。


▼ここ数年、ガタガタになってしまったシステムを真っ当なものに再構築する
処方箋は、「アソシエーション化」以外にないように思える。アソシエーショ
ン化とはすなわち、「組織の分散化」「納得性・対話的合理性の追求」「個人
重視」「組織内民主主義の徹底」などのコンセプトの実現であろう。これらの
“優れた非効率性”(ウォロ編集委員M氏の言葉)こそシステムを再活性させ
るキーワードなのである。(thayama)