大川端だより(425)


2月8日に作家の立松和平さんがなくなった。ぼくは2002年に『Volo(ウォロ)』の前身『月刊ボランティア』の6月号でインタビューさせてもらった。もう8年も前のことになるのだ。記事は下記URLから読んでいただけます。
http://www.osakavol.org/getuvol/mvi2002/mvi3766.html


1947年生まれだから、団塊世代の一期生で、ぼくより一つ下だった。物静かな、謙虚な物腰の人で、足尾銅山鉱毒事件の土地に木を植えるボランティアしておられることについて取材をしたのだった。上記の記事を読んでもらえば分かるが、最後の部分で立松さんが「ぼくにとって、『ボランティア』というのは普通の言葉です。何の力みもありません。『人のために働こう!』なんて力んでいたら続かないですよ。ボランティアをやるのは自分のためなんだから、フツーにやらないとね。」と語っておられたのが印象的だった。


これまで取材した人の中で亡くなった方も何人かいるが、河合隼雄さんや鶴見和子さんなど自分よりずっと年齢が上の方については、「順番かな…」とも思って納得もできるが、立松さんのように年下の人となると、「うむ…」と思って、絶句してしまう。


写真に写っている『光の雨』は、連合赤軍事件を扱った600ページを超える力作で、彼らがなぜあんな事件を起こしてしまったのか、について深く深く考察されたことがよくわかる。そして、人間の闇の深さに戦慄する。おそらく連合赤軍事件を扱った文学としては最良のものの一つであろう。