大川端だより(375)


今年の2月に発行された『ベーシック・インカム入門〜無条件給付の基本所得を考える』(光文社新書 840円+税)は、この考え方を一挙に広める起爆剤になるだろう。以前、ドイツのドラッグストア・チェーンのトップが書いたBI(ベーシックインカム)についての本を読んだが、雑誌のインタビュー記事などを集めたもので、総合的な解説書にはなっていなかった。しかし、山森が今度出したものは、BIの歴史から現状の運動的側面までトータルに解説してあり、恰好の入門書になっている。


すでに、同書が出てから、新党日本マニフェストにBIについて書いたようだし、田中康夫日刊ゲンダイに「ベーシック・インカム構想に着目!」という記事を書いている。また、「週間金曜日」「インパクション」「週間SPA!」などがBIの特集を組んでいるようだ。いま超人気のベストセラー・ライター、勝間和代も「BRIO」の書評で山森本を取り上げている。山森自身も講演や解説記事で盛んにBIについてPRしているようだし、民主党の勉強会で情報提供もしているようだ。


ところで、上記の情報はぼくが実際に調べたものではなく、連休最終日の昨日(6日)参加したベーシックインカムについての研究会で配布された資料に基づいている。たまたま昨日の昼過ぎに山森本に出ていた「ベーシックインカム日本ネットワーク準備委員会」のHPにアクセスすると、同日の午後5時から京都大学で「『ベーシック・インカム入門』書評セッション」なるものがある、と出ていた。それで、急遽参加することに決め、昼食を済ませ、風呂に入ってから、京都まで出かけた。


京大に着くと、まだ1時間も早かったので、構内のベンチに座って山森本に目を通し、20分前に会合が行われる文学研究科の建物の5階にある社会学共同研究室に赴く。部屋は小学校の教室ぐらいの大きさで、受付があるわけでもなく、ノックしてドアを開けて入ると、前のほうで10人ぐらいの男たちが打合せのようなことをしていた。


「しばらくお待ちください」とのことだったので、椅子に座って周りを見渡すと若者が一人だけ座っており、その後すぐ外国人(白人男性)が入ってきた。ものすごくフレンドリーな人で、自ら日本語で「宮崎県から来ました」と言い、ぼくに「どこからですか」と訊くので「大阪」と答えると、続いて入室した赤ん坊連れの女性に話相手を替えた。


書評セッションが始まる頃になると、部屋は満員でおそらく40名以上の参加者だったのだろう。セッションは、まず3人の質問者が20分ずつ、シチズンシップ論とジェンダー論、そして障害者ヘルパーと運動の視点から、山森本についての感想を述べるとともに質問をした。その後、それらに対して著者の山森亮氏が応答し、最後にオーディエンスからも発言があって、2時間半にわたる研究会は終わった。「研究」会だったので、詳しすぎてよく分からないところもあったが、日本におけるBI研究のキーパースンの一人が山森氏であることがわかった。


彼は、研究面だけではなく運動面でも重要な役割を果たしているようだ。70年生まれだから、まだ40前の気鋭の研究者&活動家である。ちょっと感じが『反貧困〜「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)の著者、湯浅誠に似ている。細面でメガネをかけ、草食系の青年である。国際学術誌「Basic Income Studies」の編集委員をしたり、「ベーシックインカム世界ネットワーク」の会合にも参加しており、国際派でもあるようだ。


この本は、湯浅の『反貧困』や金子郁容の『ボランティア〜もう一つの情報社会』が果たしたように、BIについて一挙に知名度を上げ、理解度を促進することになるだろうと予測する。ボラ協の「自治の学校」でもぜひ呼びたい人である。


帰りに研究会に参加していた若者が声をかけてきた。京阪電車枚方まで一緒だったのだが、24歳で仕事は1日2時間程度の学童保育、月収5万円ながら、いろんな会合に出かけて、「出口」を探しているようだった。今の若者の社会に対する閉塞感を盛んに訴えていた。彼なんかは本当にベーシックインカムを必要としている階層であろう。ゲームをつくる仕事がしたい、と言っていたが、「空き」はないらしい。バブル時代の好景気の経験がないから、日本社会に「よさ」や希望なんか見出せないのだ。「ベーシックインカム要求者組合」がぜひとも必要だろう。