大川端だより(329)


「GDPからGNHへ」thayama

本年9月15日のリーマン・ショック以降、大きなパラダイム(思考の枠組み)転換が進行しつつあるように思う。米国の名門証券会社&投資銀行リーマン・ブラザーズ」が事実上破綻したことによって世界経済が受けた衝撃はまるで全盛期のマイク・タイソンのボディブローだった。これ以降、金融至上主義的な傾向を持った英米を中心とするグローバルな資本主義市場経済が一気に冷え込んだ。これから先10年間ぐらい、90年代の日本における“失われた十年”と同様の不景気が世界中に蔓延するのでは……という観測を口にする人さえいる。


パラダイム転換という限り、新旧二つのパラダイムを想定する必要がある。古いパラダイムは、大量生産・大量消費・大量廃棄のグローバルな経済成長主義であろう。不景気を最大の敵とし、それに打ち勝つためには環境破壊だって、福祉の切捨てだって省みず、時には戦争さえ平気で企てる。また、常に経済的拡大を目指し、少しでもGDP(Gross National Products=国内総生産)の数字が下がると大騒ぎをする。このパラダイムは、もはや完全に破綻したと考えてよいのではないか。永遠の拡大再生産なんてありえないのだから。  


国連の人口予測では、2050年の世界人口は91億人。22世紀に入ると100億人を超えているかもしれないが、100億人を養うためにさらなる拡大再生産を続けていくことが可能なのだろうか。とてもじゃないが、そんなことは出来ないだろう。だって、100億人の次は200億、300億と際限なく世界の人口増加と経済成長が続くと考えるのは非現実的であろう。


さて、それでは、新しいパラダイムとはどのようなものなのだろう。
そこで登場するのが、GDPに対するGNH(Gross National Happiness)、すなわち「国民総幸福度」という指標である。一国の実力や進歩の度合いを「生産」という経済的指標だけでなく、国民の「幸福度」で測ろうというものである。これは、1976年の第5回非同盟諸国会議の際の、ブータンワンチュク国王(当時21歳)の発言、「GNHはGNPよりもより大切です」がもとになっている。


1960年代から70年代初頭にかけて、ブータンでは先進国の経験やモデルを研究したが、その結果は芳しいものではなく、「経済発展は南北対立や貧困問題、環境破壊、文化の喪失につながり、必ずしも幸せになるとは限らない」との結論に達した。そこで、GNP拡大政策を採るのではなく、国民の幸福を追求する政策を進め、GNHという新しい指標を前面に打ち出す。このコンセプトのもとで、ブータンでは、1)経済成長と開発、2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興、3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用、4)よき統治――の4つを柱として開発を進めることにした。また、1999年にはブータン研究センターが設立され、まずは国内で通用する指標をめざして、幸福という概念を9つの要素に分けて検討しているという。それらは、?基本的な生活レベル(living standard)?文化の多様性(cultural diversity)、?感情の豊かさ(emotional well being)、?健康(health)、?教育(education)、?時間の使い方(time use)、?自然環境(eco-system)、?地域コミュニティの活力(community vitality)、?良い統治(good governance)(順不同)。


GDPではこれらの指標は無視されており、ひたすら経済生産性のみが重視されている。誰が考えても、「それってヘン」と思うのではないか。GDPを指標にすると、ブータンは豊かな国ではない。しかし、人びとは日々の糧には困らないし、ましてやホームレスの国民はいない。


「あなたは幸せですか?」と訊くと、90%を超える国民が「幸せです」と答える。日本とブータン、はたしてどちらが幸せな国なのだろうか……。