大川端だより(119)

 以前、野村進著の『千年、働いてきました――老舗企業大国ニッポン』(角川ONEテーマ21)について書き、世界一古い会社「金剛組」という大阪の企業を紹介した。この本は今、口コミで徐々に部数を伸ばしているようである。日本の老舗のいろんな技術が携帯電話などさまざまな最先端分野で使われていることが活写されており、ものすごく興味深い。
 例えば、オーストラリアの羊毛は人間が刈っていると思っている人がほとんどだと思う。「今日も朝から一日中、ハサミの音も軽やかに、羊狩るその仕事辺に山為す白いその巻き毛、調子をそろえてクリックリックリ…」と歌うペギー葉山の唄を思い出す人も多いに違いない。もちろん今は、ハサミではなく、ベテランの羊刈りが電気バリカンを使って刈り取っている、と思っている人がほとんどだと思う。しかし違うのである。
 野村によると、「…羊たちは仰向けにされ、脚の付け根あたりに注射をされる」らしい。そして、テニスのネットのような白い網を羊の下半身から首のところまで巻きつけ、ファスナーで外れないようにして放牧されるそうだ。「それからひと月ほどして、ネット羊たちはまた作業場に舞い戻ってくる。そのネットをオーストラリア人の作業員が二人がかりではずしてみたら、あれあれ、すっぽんぽんの羊が姿を現すではないか。羊の形をしたウールのコートが、つるりと出てきたようなものである。」
 羊が注射される薬剤は、日本の老舗企業「ヒゲタ醤油」が開発したものである。この薬には皮膚の細胞を増やす働きがあり、羊に注射すると、「(前略)増殖した皮膚細胞に圧迫された毛穴が、一時的に狭くなる。毛穴が狭くなれば、やがて毛も細くなり、自然に抜けてしまう。それらが散らばらないように、ネットで防いでいるのである」とのことだ。
 こうして生産された羊毛は非常に質がよいうえ、低賃金の重労働だった羊刈りの手間が省けるとともに、羊もときにはバリカンで肉まで削られる苦痛から解放される。薬品の副作用もない、ということである。つまり、この薬剤は「三方よし」以上の働きをしている。「売り手よし、買い手よし、世間よし、羊よし」の「四方よし」なのである。
 このような日本の老舗のイノベーションが満載されているこの本。まだまだ部数は伸びるに違いない。