タイトル:『誇りを持って戦争から逃げろ!』

中山治著 筑摩書房ちくま新書) 2006年7月10日 新書版 236ページ 720円+税


 本書の章立ては、次のようになっている。

第一章 庶民は騙されて戦場に行く
第二章 戦略思考から見た九条改正のリスク
第三章 「戦争放棄」は庶民の伝統
第四章 応援愛国心と戦争愛国心を混同するな
第五章 人間を虫ケラ以下にする「無限小の論理」
第六章 脱政治イデオロギーのススメ


 東西冷戦が終焉を迎え、「これで世界も平和になる」と喜んでいたら、そうは問屋が卸さなかった。アフガニスタンイラクパレスチナなどの状況は日々悪くなっているように見えるし、日本の戦争への加担の度合いも「人道的復興支援」のスローガンを掲げてますます深みにはまっていくようだ。現在の日本は右のほうに大きく軸がブレており、憲法改訂の議論もかまびすしい。そんな状況を踏まえて本書を読むと、ぼくらのような反戦市民運動ベ平連)世代にとってはいろんなヒントが詰まっている。

 たとえば、「誇りを持って戦争から逃げろ!」という本書のタイトルには、著者の自衛権についての考察が反映されている。ふつう自衛権というと、暴力や武力によって反撃する権利(反撃権)をイメージするが、国と国の戦争ではなく、個人の場合を考えてみればよく分かるとおり、理由もなく暴漢に襲われたら、誰でもまず相手から逃げることを考えるはずだ。また、そのことを誰も卑怯とは思わないだろうし、それどころか、逃げたあなたは「賢明なお方!」と賞賛されるかもしれない。


 中山は、自衛権には反撃権と逃走権がある、という。この考え方は、ぼくにとって「目からウロコ」だった。逃走する「権利」があるわけだから、誇りを持ってそれを実行すればよいのである。国家は曽我ひとみさんの夫ジェンキンズさんのような脱走兵を重罪人とみなすが、それは権力にとってそうされるのがいちばん困ることだからである。防衛の名の下に他国に戦争をしかけ、市民を戦争へと駆り立てるのは国家権力だから、市民はそういう状況から逃げることに躊躇する必要はない。


 この本には他にもいろいろ面白いことが書いてある。たとえば、天皇家を含めてもともと日本人の祖先の一部は中国の春秋時代の戦乱から逃走してきた人たちであるとか、「権力者対庶民」の図式が重要で、そう考えると、国と国の戦争は権力者同士の対立であり、庶民(市民)はそんなものに巻き込まれる筋合いではないなど、とてもラディカルな議論が展開されている。ちなみに、中山の日本の将来展望についての診断は、「武装中立」以外にない、というもので、これがけっこう説得力があるのだが……。