「ワタシがムカツク、ことや!」と上野千鶴子は言った。


▼遥洋子さんといえば関西では誰でも知っているテレビタレントで、ベストセ
ラー『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』の著者でもある。ある時、彼女が女
性差別をテーマにしたテレビ討論会への出演を依頼され、“フェミニズムの巨
匠”に助言を求める。「先生、女性差別って何ですか?」。そのときの上野千
鶴子さんの答えがカッコいい。


▼「ワタシがムカツク、ことや!」。さすが上野千鶴子である。あの理論家で
冷静なフェミニストが、女性差別とは一人の女であるワタシがムカツクことだ
という。「ムカツク!」というのは、差別されていることに対する憤怒を表す
言葉としてこれほど的確な表現はないと思う。


▼“障害者”が“健常者”に対してムカついていること。アジアやアフリカの
貧しい人たちが“先進工業国”と呼ばれる地域の人間に対してムカついている
こと。高齢者が若者に対してムカついていること。これらの原因の多くがいわ
れなき差別であることは非常に多いにちがいない。


▼差別の問題は大変むずかしく、まったく誰をも差別していないと言える人が
本当にいるものなのか…と思うときがあるし、自分で書いていて“正論すぎて”
面白くも何ともない。でも、常々アジアの人たちに対する日本人の差別意識
糾弾している男が、平気で自分の妻に対しては「おまえ」呼ばわりしていたり
するのを見るのは耐えがたい。そのとき、彼の妻は本当はムカついているはず
だ。それとも、ムカつく気力さえとっくの昔になくし、今となってはそれが当
たり前となっているのだろうか。


▼しかしやはり、差別されている側の「ムカツク!」という感情をぼくらは真
摯に受け止めなければならない。いま、中学生が先生や大人の社会に対してム
カついていること、フツーの市民が官僚や政治家に対してムカついていること、
看護婦さんが医師や病院に対してムカついていること。それらの感情の源を執
拗に突きとめていき、「スッとしたい!」と被差別者自身が思う。そのことこ
そが、新しい市民社会を築いていく上でいちばん大切なことなんじゃないだろ
うか。(「市民プロデューサー通信」:黒ビールでも飲みながら…15)